第8節 行政書士との付き合い

 「実務研究会」と名乗る団体も多くでてきた。行政書士がお互いに勉強し切磋琢磨するのならばいいことだが、派閥を作るための手段であってはならない。
 派閥を作るというのは、ひとつは一人でやるには何事も自信がなくてできないが皆で渡れば怖くないというようなことと、もうひとつは多数決でものごとを決めるための決定権をもとうというためのようだ。
 正義を貫こうとして多数を制しようというのは当然である。運命共同体として集団による個の幸福の確保である。人は個人で生きられぬ以上、強いきずなで結ばれ互いの力を相乗し合うことが望ましい。こういうときには正義を主張し討論して賛成者をつのるので派閥とはいわない。
 ところが正義の所在に関係なく、自分たちの意思を主張しようとするところから派閥を作るようである。実は全体などどうでもいいんだ、我々さえ利益を受ければいいというのが派閥である。
 もし参加するならば、時間のムダにならないよう厳しい眼で取捨選択していただいた方がいいと思う。
 太宰治が、当時文壇に対して言い放った言葉がある。「サロンでは文化はできない。」人が集まってワイワイやったところで何ら生産がないのである。
 「君ねえ、僕なんか開業当時は結構苦労したんだよ」などという苦労話をしたがる先輩がいたらこれも付き合ってはイケナイ。
 行政書士は苦労してはイケナイのである。若い時の苦労は買ってでもしろというがウソである。そんなモノしないにこしたことがない。たとえ苦労していたとしてもそんなことおくびにもだしてはイケナイ。行政書士とはそういう職業なのである。
 「君はソロバンができないのかネ。僕なんかいい年をしてからソロバン教室に通って子供達と一緒に習って苦労したものだよ。君もソロバンを習ったらどうかね。」と言う人がいた。
その頃すでに電卓が普及していた。公認会計士試験も電卓で受験することができた。何も今更ソロバンを習って苦労する必要はないと思った。
 見習いにしても徒弟制度というか士業界の中にはまだ旧い体質をもち、自分が苦労して今日あるから君も苦労して一人前になりなさいというようなところがあるが時間のムダである。
 たとえ苦労していたとしても他人からそのようにみられないように、本人が苦労とも何とも思っていないことが一番いいのは言うまでもない。